
今回は、バスケットボールの練習中に足首を捻挫した選手の症例をご紹介しながら、捻挫治療において重要な「距骨の前方滑り」「足根洞(そくこんどう)」「重心」の役割について解説していきます
目次
症例概要
受傷機転:練習中、相手選手の足の上に着地してしまい、左足首を内側に捻る形で受傷。
経過:受傷後、整形外科を受診し治療を受けるも満足できず、当院に来院されました。
初診時の所見
- VAS(痛みの強さ):6/10
- 腫脹は強くなく、多少の発赤がある
- 足関節の背屈制限が強い(つま先を上げる動きが硬い)
- 足関節前面(前距腓靭帯)と側面(踵腓靭帯)に圧痛があり、内側に曲げると痛む
- 接地時に痛みが出るため、痛みをかばう「逃避動作」が生じ、歩行時に上半身が大きく揺れる
治療経過
初回来院(負傷4日目)
治療は、局所の治癒促進目的で、非温熱領域での超音波照射を行いました。足根洞への刺鍼、前距腓靭帯(ぜんきょひじんたい)への刺鍼を実施。あわせて、検査により距骨(きょこつ)の前方への滑り(過剰な前方移動)が確認されたため、関節のアジャスト(整復操作)を行いました。
結果:背屈制限が20°→60°まで改善
その後、足底の緊張を緩め、足のアーチを引き上げる目的で「棒踏み」を自宅ケアとして指導しました。
2回目来院(負傷1週間)
通常の歩行では痛みが軽減し、楽に動けるようになっていました。残っている足関節の不安定感に対しては、ムービングディスクを使ったスタビライゼーション(安定化)トレーニングを開始。
3回目来院(負傷2週間)
前日から練習に復帰(ダッシュなどの動作を含む)。日常生活での痛みは引いていたものの、練習後に痛みがぶり返し、VAS5まで再上昇。
これは、日常動作レベルでは問題なくても、スポーツ特有の急な切り返しやダッシュには足関節の機能がまだ追いついていなかったことを示しています。
4回目来院(負傷18日目)
痛みはかなり軽減し、圧痛所見も初診時の半分以下に。歩行検査では、左後方重心および左骨盤のスウェイ(左右への揺れ)が確認されました。
これは、受傷した足首をかばう動作の名残もあるが、元々の体の癖で、重心が左後方にあり、股関節の硬さと併せて左側に加重しやすい状態だったと考えました。
そこで、上半身・股関節周りの調整を行い、足首への負担を軽減。あわせて、ご自身で重心を中心に戻すためのセルフストレッチも指導しました。
翌日に大事な試合を控えていたため、最後にテーピング指導も行い、実戦復帰をサポートしました。
解説①:距骨の前方滑りとは
今回の初診時には、足根洞への刺鍼とあわせて「距骨の前方滑り」に対するアジャストを行いました。これも捻挫治療において見落とされがちな、しかし非常に重要なポイントです。
距骨は、すねの骨(脛骨・腓骨)と踵骨の間に挟まれるような形で存在し、足首の動きの軸となる骨です。正常な状態では、足関節を動かす際に距骨がすね側の骨(脛骨・腓骨)の間できちんと収まりながら、わずかに前後に滑る動き(関節の遊び)が起こります。
しかし、今回のように足首を内側に強くひねる捻挫(内反捻挫)が起こると、次のようなことが起こります。
- 前距腓靭帯をはじめとする外側靭帯が損傷する
- 距骨を正しい位置に収めておく制動力が弱まる
- 距骨が本来の位置よりも前方へずれたまま(前方滑り)になる
この前方滑りが残ったままだと、次のような問題が生じます。
- 足関節の可動域、特に背屈(つま先を上げる動き)が制限される
- 踏み込みが甘くなり、痛みや逃避行動が続く
- 靭帯だけをケアしても、機能的な改善が頭打ちになる
今回の症例で、初回の刺鍼治療とあわせてアジャストを行った直後に背屈可動域が20°から60°へと大きく改善したのは、靭帯へのアプローチだけでなく、ずれていた距骨の位置を整えたことが大きく寄与したと考えられます。
つまり、捻挫治療は「痛めた靭帯を治す」だけでなく、「ずれた骨の位置関係を正しく戻す」という視点も欠かせないということです。この両方にアプローチできたことが、初回からの大きな改善につながったポイントといえます。
解説②:足根洞(そくこんどう)と足首バランスの関係
足根洞とは、距骨(きょこつ)と踵骨(しょうこつ)の間にある小さなくぼみ(空洞)のことです。ここには靭帯や神経終末(センサー)が豊富に分布しており、足首の位置感覚(今、足がどんな角度にあるかを感知する感覚)に深く関わっています。
捻挫が起こると、靭帯だけでなく、この足根洞にあるセンサー機能も損傷を受けます。すると、次のような状態に陥ります。
- 足首の位置感覚が鈍くなる
- 地面の凹凸や傾きへの反応が遅れる
- バランスを崩しやすくなる
- 再受傷のリスクが高まる
これが、いわゆる「捻挫グセ」「足首の不安定感」の正体のひとつです。
今回の症例で足根洞に刺鍼を行ったのは、単に痛みを取るためだけでなく、このセンサー機能を再教育し、足首本来のバランス能力を取り戻すことを目的としています。その後のムービングディスクを使ったトレーニングも、同じくこの感覚機能を鍛え直すためのステップです。
解説③:重心のズレが起こす連鎖

「重心」とは、体重が体のどこにかかっているか、というバランスの中心点のことです。健康な状態では、重心は左右・前後にバランスよく分散されています。
しかし、本症例のように、元々の重心位置が左後方にあると
- 接地時に左側に体重が乗りやすい
- 接地時に大腿骨の内転が生じ、膝が内側に入り、その結果、足首に不安定性が生じる(下降性連鎖)
これらは足首だけの問題ではなく、股関節や骨盤、上半身にまで影響が広がる「連鎖」であるという点です。
痛みが軽くなった後も、重心位置がずれた状態を放置すると次のような二次的な問題につながることがあります。
- 反対側の足首や膝への負担増加
- 腰痛や股関節の痛み
- パフォーマンスの低下
今回の症例で、痛みがかなり引いた4回目の段階であえて上半身・股関節の調整と重心を戻すストレッチを行ったのは、「痛みが取れる」ことと「正しい体の使い方に戻る」ことは別物だからです。
まとめ
今回の症例からわかることをまとめると、次の3点になります。
- 捻挫の治療では、靭帯だけでなく足根洞のセンサー機能への働きかけが重要
- 靭帯損傷にともなう距骨の位置ズレ(前方滑り)を整えることが、可動域改善の鍵になる
- 痛みが取れても、捻挫の原因となったかもしれない重心のズレは別途ケアが必要
捻挫は「安静にしていれば治る」というものではなく、関節・神経・筋肉・そして重心バランス全体を見て治療していくことが、早期回復と再受傷予防の鍵になります。

















記事へのコメント