
―後遺症としてのファシア肥厚・滑走障害への鍼灸アプローチ―
骨折後の固定治療を経て日常生活やスポーツに復帰したものの、「なんとなく足首が痛い」「違和感が抜けない」という訴えで来院される患者さんは少なくありません。今回は左腓骨骨折後半年が経過し、スポーツにも復帰しているにもかかわらず足関節前面の痛みと違和感が残存していた30代男性の症例を報告します。骨折そのものは治癒していても、術後の組織修復過程で生じるファシアの肥厚と滑走障害が症状の主因になり得ることを、エコー所見と可動域・筋力データの変化とともに考察します。
症例
30代男性。半年前、階段で転倒し左腓骨を骨折。病院にて固定治療を実施。骨癒合後、仕事および趣味の水泳に復帰したが、左足首の痛みと違和感が持続するため来院。
初診時所見
視診では左足首前面がやや腫脹し、正常よりも張り出しているように見えた。可動域検査では背屈に左右差を認めなかったが、底屈に明らかな制限があった。筋力検査でも患側の低下が確認された(角度は足関節90度をニュートラル0度とし、底屈方向への角度を計測)。
| 検査項目 | 右(健側) | 左(患側) |
|---|---|---|
| 足関節底屈可動域 | 68° | 45° |
| 足関節背屈可動域 | 左右差なし | 左右差なし |
| 足関節背屈筋力 | 30Kg | 15Kg |
| 膝関節伸展筋力 | 22Kg | 18Kg |
※角度は自動可動域、筋力はハンドヘルドダイナモメーターによる等尺性筋力の参考値。
エコー所見
左足関節前面を観察すると、皮下からの浅層にかけて組織の肥厚像が確認され、周辺組織との滑走性が明らかに低下していた。肥厚は前脛骨筋腱や伸筋支帯周囲のファシア層に及んでおり、動的観察(足関節底背屈時の組織移動)でも滑走不良が顕著であった。
病態についての考察
骨折の術後・固定後に多く見られるのが、今回のような「骨は治っているのに動きが悪い、痛みが残る」というケースである。固定期間中の不動化と、その後のむくみ・炎症の遷延は、皮下組織・腱周囲組織・支帯などのファシア層に線維化・癒着を生じさせやすい。これにより、
- 組織間の滑走性低下による可動域制限(本症例では底屈68°→45°)
- 疼痛受容器への機械的ストレス増加による違和感・疼痛
- 関節運動の代償による周囲筋の出力低下(背屈筋力・膝伸展筋力の左右差)
が生じたと考えられる。特に筋力低下については、疼痛による随意収縮の抑制に加え、固定期間中の廃用性の要素も関与していると推測される。骨癒合という「骨の治癒」がゴールとされがちだが、実際の機能回復にはその後のファシア・軟部組織のリモデリングまで含めたアプローチが必要であることを、本症例は示している。
治療
以下の3段階で介入を行った。
① 鍼治療
足根洞へ深刺を3本、足首周囲のファシア肥厚部位に置鍼を20本実施。置鍼中から「足首が温かくなってきた」との自覚的反応があり、局所循環の改善が示唆された。
② グラストンテクニック
靭帯・ファシアを中心に、器具を用いた滑走性改善の手技を実施。エコーで肥厚が確認された層を狙い、癒着の解離を図った。
③ モビライゼーション
モビライゼーションベルトを使用し、足関節の関節モビライゼーションを実施。関節包内運動を促し、可動域の改善を図った。
治療結果
| 評価項目 | 治療前 | 治療後 |
|---|---|---|
| エコー所見(組織肥厚) | 肥厚あり・滑走性低下 | 肥厚が薄くなり、滑走性改善 |
| 足関節底屈可動域(左) | 45° | 67° |
1回の介入でエコー上の肥厚像が明らかに薄くなり、可動域も健側(68°)に近い数値まで改善した。組織の滑走性を直接的に改善する介入が、可動域・症状の両面に速やかに反映された結果と考えられる。
セルフケア指導
治療効果を維持・定着させるため、以下のセルフケアを指導した。
- 足首周囲の自己ファシアリリース(ボールやフォームローラー等を用いた自主的な滑走性維持)
- ムービングディスクを使用した足関節スタビライゼーショントレーニング(固有受容感覚と筋力の再教育)
滑走性の改善を手技だけで終わらせず、患者自身が日常的に組織の柔軟性と関節の安定性を維持できるよう、セルフエクササイズへの落とし込みを重視した。
まとめ・臨床的示唆
骨折後、骨癒合が得られても機能的な症状が残存するケースでは、皮下組織・腱周囲組織のファシア肥厚と滑走障害が原因になっていることが少なくない。エコーによる組織評価は、こうした「レントゲンには映らない」病態を可視化し、治療方針の決定や効果判定に有用である。
今回の症例では、深部への鍼刺激による循環改善、グラストンテクニックによる直接的な滑走性改善、モビライゼーションによる関節可動性の再獲得という多角的なアプローチにより、短期間で可動域・エコー所見の両面に改善が見られた。術後の後遺症的な足関節症状に対する治療の一助となれば幸いである。



















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